不正競争防止法における営業秘密の3要件とは
近年、企業の技術情報や顧客情報など営業上重要な情報である営業秘密の漏洩事案が数多く見られます。以下のような事案に関して、テレビなどでの報道をご覧になった方も多いのではないでしょうか。
- 大手鉄鋼メーカーS社の元社員がP社と共謀して製造プロセスや設計図を高額報酬で外国のライバル企業へ漏洩。
- 電機メーカーT社の業務提携先からフラッシュメモリの仕様や検査方法が外国のライバル企業へ漏洩。
- 通信教育事業などを行うB社が保有する氏名・住所などの個人情報(約2億件)が業務委託先から不正に持ち出され、約500社の名簿業者に転売。
営業秘密の漏洩ルートについては過去に以下の記事で詳しく解説しています。
情報漏えいはなぜ起きる
どこから漏れる?営業秘密の漏えいルート
営業秘密の情報漏えいルートには「現職従業員」「退職者」「取引先」「外部者」があることが分かります。特に「現職従業員等」による漏えいは「ミスによる漏えい」と「具体的な動機を持った漏えい」を合わせると51.4%になり、過半数を上回っています。
■ 営業秘密として保護されるためには
これらの事案で問題になるのが、漏洩・流出したデータが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するかどうかです。技術やノウハウが「営業秘密」として不正競争防止法で保護されるためには、以下の3要件を全て満たすことが必要です。
①秘密管理性(秘密として管理されていること)
「営業秘密保有企業の秘密管理意思が、秘密管理措置によって従業員に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある」(経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」)と定められています。
要するに、企業は秘密として適切に管理するとともに、情報に接することができる従業員な等にとって秘密だとわかってもらわないといけないということです。
②有用性(有用な営業上又は技術上の情報であること)
公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)などを除き、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護するための要件。現に使用されている情報だけでなく、研究開発などにおいて失敗した情報などに関しても有用性は認められるとされています。通常は、秘密管理性と非公知性を満たす情報は、有用性も認められると考えられています。
③非公知性(公然と知られていないこと)
「公然と知られていない」とは、入手可能な刊行物に記載されていない等、情報の保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態のことをいいます。特許を取得して公開されている情報はこれに該当しません。
■ 裁判で争点にされる秘密管理性と対策
営業秘密の3要件のうち、裁判で争点にされることが多いのが、秘密管理性を満たしているかどうかです。秘密管理性を満たすためのポイントは2つです。
①企業側が特定の情報を秘密として管理しようとする意思を明示しているか。
②情報にアクセスした従業員等が秘密であると認識できるか。
この条件を満たすための具体的な対策として以下のようなことが考えられます。
- 社内規程等において秘密情報の種類別にアクセス権の設定に関するルールを明確にする。
- 営業秘密を洗い出しリスト化して管理する。
- 情報システムで従業員等にIDを付与し、パスワードを設定する。
- 営業秘密文書は鍵のかかる保管庫に分離保管する。
- 営業秘密文書に「社外秘」等のシールを貼り明示する。
- 営業秘密を取り扱う従業員等と秘密保持契約を取り交わす。
- 営業秘密が保管されているエリアには「関係者以外立入禁止」「撮影禁止」などと表示する。
- 営業秘密が含まれる電子データはアクセス記録を取得する。
- 営業秘密が含まれる電子データを送信する際には暗号化する。
秘密保持契約を締結する上でポイントとなるのが、競業避止義務についての有効性です。特に退職時に締結する秘密保持契約では、職業選択の自由との兼ね合いから、しばしば裁判で競業避止義務の有効性が争われてきました。
「営業秘密管理指針(平成27年改訂)」や「秘密情報の保護ハンドブック」には、不正競争防止法における「営業秘密」として法的保護を受けるために必要となる様々な対策が示されています。
例えば、「営業秘密管理指針」(平成27年改訂)」では状況に応じた対応策を紹介しています。
<紙媒体の場合>
- ファイルの利用等により一般情報からの合理的な区分を行ったうえで、基本的には、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示する。
- 個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネッ トや金庫等に保管する。
<電子媒体の場合>
- 記録媒体へのマル秘表示を貼付する。
- 営業秘密たる電子ファイルを開いた場合に端末画面上にマル秘である旨が表示されるように、当該電子ファイルの電子データ上にマル秘を付記(ドキュメントファイルのヘッダーにマル秘を付記等)する。
- 営業秘密たる電子ファイルそのもの又は当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に要するパスワードを設定する。
- 記録媒体そのものに表示を付すことができない場合には、記録媒体を保管するケース(CDケース等)や箱(部品等の収納ダンボール箱)に、マル秘表示を貼付する。
<物件に営業秘密が化体している場合(製造機械や金型、高機能微生物、新製品の試作品など、物件に物理的にマル秘表示の貼付や金庫等への保管に適さない場合)>
- 扉に「関係者以外立入禁止」の張り紙を貼る。
- 警備員を置いたり、入館IDカードが必要なゲートを設置したりして、工場内への部外者の立ち入りを制限する。
- 写真撮影禁止の貼り紙をする。
- 営業秘密に該当する物件を営業秘密リストとして列挙し、当該リスト を営業秘密物件に接触しうる従業員内で閲覧・共有化する。
<媒体が利用されない場合(技能・設計に関するものなど従業員が体得した無形のノウハウや顧客情報を従業員が職務として記憶している場合)>
- 営業秘密のカテゴリーをリストにする。
- 営業秘密を具体的に文書等に記載する。
また、「秘密情報の保護ハンドブック」では、秘密情報の取扱い等に関する社内規程を作成する際に盛り込んでおくとよい条項として8項目を挙げています。
- ①適用範囲
役員、従業員、派遣労働者、委託先従業員(自社内において勤務する場合)等、本規程を守らなければならない者を明確にします。- ②秘密情報の定義
本規程の対象となる情報の定義を明確化します。- ③秘密情報の分類
分類の名称(例えば、「役員外秘」、「部外秘」、「社外秘」)及び各分類の対象となる秘密情報について説明します。- ④秘密情報の分類ごとの対策
「秘密情報が記録された媒体に分類ごとの表示をする」、「アクセス権者の範囲の設定」、「秘密情報が記録された書類を保管する書棚を施錠管理して持出しを禁止する」、「私物のUSBメモリの持込みを制限し複製を禁止する」など、分類ごとに講ずる対策を記載します。- ⑤管理責任者
秘密情報の管理を統括する者(例えば、担当役員)を規定します。- ⑥秘密情報の管理を統括する者(例えば、担当役員)を規定します。
分類ごとの秘密情報の指定やその秘密情報についてのアクセス権の付与を実施する責任者(例えば、部門責任者、プロジェクト責任者)について規定します。- ⑦秘密保持義務
秘密情報をアクセス権者以外の者に開示してはならない旨などを規定します。- ⑧罰則
従業員等が秘密情報を漏えいした場合の罰則を定めておきます。
営業秘密とは、不正競争防止法第2条第6項に「この法律において営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」と定義されています。英語では「トレードシークレット」といわれています。
■秘密管理性をクリアするために何をどこまでやればいいの?
秘密管理性をクリアするために企業に求められる具体的な対策は、一律ではありません。営業秘密管理指針では具体的に求められる基準を以下のように定めています。
「具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり、企業における営業秘密の管理単位における従業員がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要がある。」
過去の判例には以下のようなものがあります。「企業の規模」「情報の性質」などを考慮して判決が下された例も少なくありません。
- 企業の規模を考慮した例
パスワード等によるアクセス制限、秘密であることの表示等がないにもかかわらず、全従業員数が10名であり、性質上情報への日常的なアクセスを制限できないことも考慮し、秘密管理性を肯定(大阪地判平成15年2月27日 平成13年(ワ) 10308 号)。 - 情報の性質から従業員等が認識可能であると認定した例
- PC樹脂の製造技術に関する情報は世界的に希有な情報であって、製造に関係する従業員は当該製造技術が秘密であると認識していたといえるとして秘密管理性を肯定(知財高裁平成23年9月27日 平成22年(ネ)10039号)。
- 物理的な管理体制を問題にすることなく秘密管理性を肯定した例
安価で販売して継続的取引を得るなどの極めて効果的な営業活動を可能ならしめるものという情報の重要性と、情報を開示されていたのが従業員11名に過ぎなかったことに加えて、被告が退職する直前に秘密保持の誓約書を提出させていたこと等の事情を斟酌して、秘密管理性を肯定(大阪高判平成20年7月18日 平成20 年(ネ)245 号)。
(上記判例は「営業秘密管理指針(平成27年改訂)」)P.8から引用)
経済産業省は企業が秘密情報の漏えいを防ぐために「秘密情報の保護ハンドブック〜企業価値向上に向けて〜」を作成して様々な対策を紹介しています。その中で漏えい要因を考慮した効果的・効率的な対策として以下の5つを上げています。
■まとめ
営業秘密として不正競争保護法で保護されるためのポイントは秘密管理性を満たしているかどうかです。
あくまで、不正競争防止法上の秘密管理性を満たしているかどうかは裁判所が総合的に判断することになります。
ここまでやればOKという明確な基準はないため、企業サイドとしては情報の重要性などを考慮し、可能な限り適切な対策を行うことが求められています。